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2F/当番ノート

凪子#5

当番ノート 第56期

  5 凪子のブラジャー

 わたしは凪子の胸を締め付ける。凪子の、大きくも小さくもない胸を。そう。凪子の胸は大きくも小さくもない。エロいとか、デカいとかいうわけでもなく、言うなれば、カワイイ、という感じだろうか。凪子の胸はCカップで、真っ白で、やわらかい。総じてカワイイ。

 凪子の胸を締め付けているとき、わたしは、凪子を守っている気分になる。彼女は世の中のいろいろなものから狙われていて(特に、男から)、わたしは、そんな危険な世の中から彼女を守るガーディアンなのだ。例えば、凪子がわたしを身に着けずに外に出た時なんかは、わたしは不安でいたたまれなくなる。凪子が襲われたらどうしようとか、いやらしい目で見られるかもしれないとか、いろんなことが不安になる。

 不安になって当然だ。ただでさえ、凪子は美しいのだから。

         ◯

 凪子が不特定多数の男と寝るところを、わたしは何度も見た。男たちはたいてい、キスから入って、いやらしい前戯をして、もう一度キスをしている間に、こっそりとわたしのフックを外す。そしてそのまま、床に放り投げる。無造作に、片手間に、作業的に。そうやって凪子が抱かれる度、わたしは無力感を味わう。わたしのガードなんて結局、男の手にかかれば一瞬で破られてしまうのだ。わたしは所詮ただの布切れ。凪子のガーディアンになんて、とてもなれない。ホテルのふんわりとした絨毯の上で、わたしは凪子に叫ぶ。

 その男はだめ。危ないよ。ものすごくヤラシイ目をしてる。凪子のこと、エロい目でしか見てないよ。そんな男に抱かれちゃだめだよ。凪子。だめだよ。

 もちろん、凪子はわたしの声なんて聞いていない。

 わたしは無力だ。

         ◯

 わたしの知っているだけでも、凪子は13人の男と寝たことがある。どうやってそんなにたくさんの男と出会ったのか、わたしにはよくわからない。15人のうち、9人はおそらく社会人で、4人は高校の友人。わたしにわかるのはそれくらいだ。

 そんなにたくさんの男と寝たことがあるのに、凪子は、ナラザキと寝たことがない。生まれてはじめてできた彼氏と、寝たことがないのだ。凪子から誘うことも、ナラザキから誘ってくることもない。

 わたしから言わせれば、ナラザキはナヨナヨしていて気持ち悪い。凪子はどうしてナラザキと付き合ったのだろう。あんな気持ち悪い男と。わたしにはわからない。凪子は、ナラザキといる時、心臓がドキドキと鳴っている。その鼓動を感じながら、わたしはいつも疑問に思う。ナラザキの何がいいのだろう。正直、凪子を抱いた男たちの中には、ナラザキよりもかっこよくて優しい男もたくさんいた。ナラザキなんか、凪子と釣り合わないはずなのに。

 凪子。どうして。どうしてナラザキなの。

         ◯

「あーあ、変色しちゃったなぁ」土曜日の午後、わたしを洗濯機から取り出して、凪子が呟いた。

「いい加減、買い替えたら? それ、けっこう長い間使ってたでしょう? お金は出してあげるから」凪子の母が言った。

「うん」

 凪子はわたしを丸めると、燃えるゴミの袋に放り込んだ。

 わたしは凪子に捨てられた。

七瀬 薫

七瀬 薫

大学生。
小説家。

Reviewed by
マスブチ ミナコ

美しい凪子を、危険な世の中から彼女をガーディアンとして守りたい、でも守れないと嘆く。
「わたし」はどんなに優しい色や、肌触りだったのだろうか。
ブラジャーを選ぶ基準や、身につけるタイミングは人の数だけあるのかもしれないけれど、
きっと凪子は、彼女が落ち着く何かを持ったものを身につけていたのだと思う。
自分の心臓の一番近くに身につけるものだから。
「わたし」は、ナラザキといるときの凪子の鼓動と、行動についても、きっと唯一知っている存在だった。

凪子が本当に大切にしたいもの。
それは凪子が自覚できているのかいないのかはわからないけれど、
きっと行動だけにうまく表せないところがあるのかもしれないなあ、なんて思う。
誰だってそんなものなのかもしれない。
だからこれを書きながら、もし自分の周りのものたちが、
七瀬さんの文章のようにこうやってひっそりと大事に思ってくれていて、それを知ることができたなら、と思った。

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