5 凪子のブラジャー
わたしは凪子の胸を締め付ける。凪子の、大きくも小さくもない胸を。そう。凪子の胸は大きくも小さくもない。エロいとか、デカいとかいうわけでもなく、言うなれば、カワイイ、という感じだろうか。凪子の胸はCカップで、真っ白で、やわらかい。総じてカワイイ。
凪子の胸を締め付けているとき、わたしは、凪子を守っている気分になる。彼女は世の中のいろいろなものから狙われていて(特に、男から)、わたしは、そんな危険な世の中から彼女を守るガーディアンなのだ。例えば、凪子がわたしを身に着けずに外に出た時なんかは、わたしは不安でいたたまれなくなる。凪子が襲われたらどうしようとか、いやらしい目で見られるかもしれないとか、いろんなことが不安になる。
不安になって当然だ。ただでさえ、凪子は美しいのだから。
◯
凪子が不特定多数の男と寝るところを、わたしは何度も見た。男たちはたいてい、キスから入って、いやらしい前戯をして、もう一度キスをしている間に、こっそりとわたしのフックを外す。そしてそのまま、床に放り投げる。無造作に、片手間に、作業的に。そうやって凪子が抱かれる度、わたしは無力感を味わう。わたしのガードなんて結局、男の手にかかれば一瞬で破られてしまうのだ。わたしは所詮ただの布切れ。凪子のガーディアンになんて、とてもなれない。ホテルのふんわりとした絨毯の上で、わたしは凪子に叫ぶ。
その男はだめ。危ないよ。ものすごくヤラシイ目をしてる。凪子のこと、エロい目でしか見てないよ。そんな男に抱かれちゃだめだよ。凪子。だめだよ。
もちろん、凪子はわたしの声なんて聞いていない。
わたしは無力だ。
◯
わたしの知っているだけでも、凪子は13人の男と寝たことがある。どうやってそんなにたくさんの男と出会ったのか、わたしにはよくわからない。15人のうち、9人はおそらく社会人で、4人は高校の友人。わたしにわかるのはそれくらいだ。
そんなにたくさんの男と寝たことがあるのに、凪子は、ナラザキと寝たことがない。生まれてはじめてできた彼氏と、寝たことがないのだ。凪子から誘うことも、ナラザキから誘ってくることもない。
わたしから言わせれば、ナラザキはナヨナヨしていて気持ち悪い。凪子はどうしてナラザキと付き合ったのだろう。あんな気持ち悪い男と。わたしにはわからない。凪子は、ナラザキといる時、心臓がドキドキと鳴っている。その鼓動を感じながら、わたしはいつも疑問に思う。ナラザキの何がいいのだろう。正直、凪子を抱いた男たちの中には、ナラザキよりもかっこよくて優しい男もたくさんいた。ナラザキなんか、凪子と釣り合わないはずなのに。
凪子。どうして。どうしてナラザキなの。
◯
「あーあ、変色しちゃったなぁ」土曜日の午後、わたしを洗濯機から取り出して、凪子が呟いた。
「いい加減、買い替えたら? それ、けっこう長い間使ってたでしょう? お金は出してあげるから」凪子の母が言った。
「うん」
凪子はわたしを丸めると、燃えるゴミの袋に放り込んだ。
わたしは凪子に捨てられた。