当番ノート 第52期
小学校のころ通わされていた英会話スクールでは、みそっかすだった。 毎年サマーキャンプとクリスマスパーティーがあるから、という理由だけで入れられたそこはとても熱心なスクールで、教師とはもちろん、子ども同士でも日本語での会話は禁止、毎朝5時に起きてラジオを聴いて、暗唱のテストに受からなければ教室に入れない、そして日本の名前は使用しない、という場所だった。わたしは社交性がなく、寝坊で、忘れっぽかった。…
当番ノート 第52期
話がうまくないから、人と話すのが嫌だ。とても筋が通っているように思う。一見すれば、だけれど。でも、私の行動としては話しかけに行ってしまう。話がうまくないのに。自分では、馬鹿だなあと思う。できないことをやっても意味がないのに、どうして人と話そうとするんだろう。 人と話して、笑顔を浮かべていると、「私」が私を遠くから見ている気分になる。今、無理して笑っているなとわかる。無理して笑っているから、頬の筋肉…
当番ノート 第52期
「手の記憶」 神様の持っている袋一杯の美しいもの それを人はきらめきと呼ぶんだけれど その煌めきをばらまいてしまうところから このお話を始めましょう そもそも神様は その煌めきにうんざりしていました 人は眩しい、綺麗と賞賛するそれも、当の神様にはただの暗がりでした そうしてある時思ったのです そんなに欲しいならくれてやろうか、 この暗がりを、暮れてやろうか そうして神様は袋の口を開き 開かれた袋の…
当番ノート 第52期
とかく祖母には甘ったれて育った。誰に何をねだるのも下手な子どもだったけれど、祖母にだけは驚くほど素直にねだったものだ。あの、とろけるように甘い飲み物。 祖母の喫茶店は「奈美樹(なみき)」といった。立派な一軒家の一階に店を構えていて、二階は住居になっていた。とんがり屋根の家、といえば祖母の家のことだ。昔からの住人ならすぐに分かる。 アール・デコ調のこってりとした白とグレーの壁に、ステンドグラスの…
当番ノート 第52期
一人で生きたいということは、一人で死にたいとも言い換えられるのかもしれない。そんなことを思うようになった。当たり前かもしれない。一人で生きた人は死ぬときも一人なのだろうから。 一人で生きたいと言い始めたのは、結構小さな頃からだった。家族が嫌いだったし、家族に予定を左右されることが大嫌いだった。皆でどこかへ出かけることについても、基本的に面倒くささが勝った。小さい頃は今よりも車酔いがひどく、遠出すれ…
当番ノート 第52期
わたしは自分の作品を説明するとき「お米にまつわる作品」と言っている。なぜ「お米の作品」ではなく「お米にまつわる作品」なのかというと、「お米の作品」と言うと「お米を素材にした作品」だと捉えられることが多かったからだ。 一番多く言われることがあるのが「お米に文字を書くアート」お米一粒一粒に文字を書くものだが、やったことはなく、というかそんなに器用でないので出来そうにもない。 お米に文字は書いたことはな…
当番ノート 第52期
秘密基地ごっこが大好きだった。 わたしたちは大きなマンションの貯水槽の下を基地にしていた。コンクリートの固く、ひんやりとした温度に背中をくっつけていると安心したし、友だちとひそひそ話すにつけても、すぐ隣のエントランスから人が出入りするたび息をころすのも、「いかにも秘密基地!」というかんじがして気に入っていた。 秘密基地での遊び方は、まず持ち物──ビニールシート、ティッシュ、ハンカチ、お菓子、…
当番ノート 第52期
祖父がおかずをつくってもってきてくれる。その応対に出るのは、いつからか、私の役割になった。祖父に会うのが嫌なのではない。頑なに出てこない母の存在を認識するのが嫌だった。母には母の、祖父を嫌うだけの理由があって、私には私の、祖父に懐く理由があった。父と娘、祖父と孫娘、では、それぞれに見える景色が違う。そのことも、子どもの頃はわかっていなかった。今になって、ようやく理解し始めた。 それに多分、祖父がお…
当番ノート 第52期
あるとき宇宙空間が大爆発して、たくさんの小さな塵が浮遊した。それが寄り集まって星がうまれ、やがてわたしたちがうまれた。 わたしの骨は宇宙の塵でできている、だからわたしの中には宇宙があり、宇宙のなかにはわたしがある。 そうしてわたしは日本という国にうまれ育って毎日お米を食べている。 だからわたしの骨はお米でできている。 わたしが吐く息は、炊いたお米に含まれていた水蒸気なのだが、 死んで箸でつまみあげ…
当番ノート 第52期
週末になると、車にテントとタープ、バーベキューコンロ、アウトドアテーブルにチェア、ダンボールいっぱいの炭とランタンと油、それからクーラーボックスを詰めこんで、まだ陽も昇りきらない時間に家を出る。 小学生のころ、キャンプは恒例行事だった。 車酔いがひどく、後部座席でビニール袋を口にあてながらじっと丸まっているのがわたしの常だった。 高速道路を走っている間じゅう、母は助手席で《夏が来る》を機嫌よく歌…
当番ノート 第52期
子どもの頃、身の回りに、よく怪我をする人が数人いた。何針縫ったとか、どこを骨折したとか、そんなことはその人たちの日常だった。私はそれが自分の怪我でないことに心底安堵しながら、その話に驚いてみせていたものだ。それが、きっとその人たちの望む反応だと知っていたから。そして、内心ではその人たちを見下していた。怪我をしないように安全に過ごせばいいのに、と。 「え、あのホチキスみたいにパチンパチンってやられる…
当番ノート 第52期
はじめまして Rice to meet you! 今日から月曜日の当番ノートを書かせていただきます、安部寿紗と申します。わたしは普段、お米にまつわる作品を制作しています。2019年より横浜市にある「黄金町アーティストインレジデンス」で活動をしています。 「お米にまつわる作品」とは 例えば、今やっているのは、近くにある「日の出湧水」のお水で稲を子育てに見立てて育てる「日の出湧介くん」、毎日定時に(朝…