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3F/長期滞在者&more

写真集「35℃」(2004)

長期滞在者

22年前、職場のデザイナーの女子二人と、比較的仕事が暇になる8月に、どういう話の流れだったかは忘れたけれど、
「8月中に写真を撮って、それぞれ自家製本の写真集作らないか。8月の宿題。乗る?」
「なんか面白そう。やろうやろう」
と二人とも乗り気になってくれたのだが、ふたを開けて9月1日、意気揚々と作った写真集を職場に持参すると、その二人は、
「あー。ほんとに作ったんや。私らなんやかんやで忙しくてできんかったー」
なんていう。
真面目に作ったには僕だけだったのだ。まーいいけどさ。

言い出しっぺがショボいの作られへん、と、ヨドバシで14本のイルフォードXP2(カラー現像機で現像できるモノクロフィルム)を買い、1日1本撮ると決め、撮影2週間、レイアウトとプリントと製本に2週間ときっちり予定を立てて、大真面目に取り組んだ。
カメラはニューマミヤ6というレンジファインダーの中判カメラ。正方形画面で、ブローニーフィルム1本で12コマ撮れる。
仕事のある日は朝もしくは終業から日没までの1時間で撮る。休みの日も時間があったとしても撮りすぎず1日1本とルールを決める。そうして12コマ×14日=168コマの写真を撮った。
タイトルは暑い季節なので「35℃」と最初から決めている。本にするときの紙質と綴じやすさを考慮して写真の数は35点前後と割り出した。
168コマ撮って35コマ使用となると、採用率は20.8%である。5コマに1コマは「使える」写真を撮らねばならない。

そんな謎の自己緊縛ルールで大真面目に夏の盛りに写真を撮り、選び、顔料プリンターで出力し、手縫いの製本で出来上がった本がこれ。



2004年といえば、まだ僕はギャラリーでの写真の展示をしたことがなく、当時はもっぱらFotologueやFlickr等、web上にしか写真を発表していなかった。
一方、大阪ナダール(当時心斎橋にあった。現ギャラリー・ソラリス)などに通って写真の展示を見、いろんな作家の写真展示を研究し、虎視眈々と自分も壁面展示のチャンスをうかがってもいた。

この『35℃』の本を自作したことで、1つのテーマで写真を製作してまとめるという作業の自信になり、これは写真ギャラリーでもやれる、と思い切りがついた。

2006年1月になって、当時Fotologueで鎬を削っていた7人の写真家で渋谷ルデコでグループ展『7』を開催したのが、僕の壁面展示の最初である。
以後、ナダールやギャラリー・マゴット(四ツ橋)、ギャラリー・ライムライト(帝塚山)、アクリュ(心斎橋)、バーディー・フォトギャラリー(神戸)等を中心に年4~5回のグループ展参加や、二人展・三人展、そして今まで5回の個展と、展示漬けの日々がはじまったのだ。

そういう意味で、この『35℃』という手製本写真集は僕の写真の歴史の中で、特別な位置を占める。
今見ても、37歳の俺、なかなかやるな、と思える。
良い本だなぁ(見たい方いらっしゃったら、ギャラリー・ライムライトあたりに持っていきますよ!)




・・・・・・

『35℃』kamauchi hideki (2004)

カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

よく知ったカマウチさんの代表作を眺めつつ、これらが撮られた経緯を今回知って「へえ!」とか声が出た。

そして、これらが初期作品(と呼んでいいのだろうか)であったことにも驚いたのだった。
この頃からすっかりカマウチさんの写真がカマウチさんで、なんという事だろう、やっぱり敵わないわ、なんて、そんな気持ちになる。

写真って、本当にまあ"何年やってる"とかいう事が大して意味を持たない。
何から吸収したかはさておき、本人の中の美学的なものを、人生の中でいかに育ててきたか?が問われるものだとつくづく思うのだ。

ある程度の技術は撮っていれば追いついてくるが、何を良しとする基準を待ち合わせ、世界の何に気付けるのか?ということは、一朝一夕には身に付かない。
技術がいくらあったところで、「きれい(に撮れている)」という印象以上の意味を持たせることは簡単ではなく、中身のないきれいに写せているだけの写真に心を動かされることなどないのだ。
「上手いなー」と思っても、10分後には見た者のなかに何も残らない写真を人に見せる意味なんてないだろうと個人的には思っている。

明確なメッセージを必要とするかといえばそうでもないが、美しいとか珍しい瞬間を捉えさえすればいいとは思わない。
写真は世界のどこかでその瞬間にあった一部分をピックアップした、それだけのことであるといえば元も子もないかもしれない。だが、それを撮り手が「させられた」のではなく「してやった」のだなと明確にわかる写真からは強さを感じるものだから。

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