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3F/長期滞在者&more

カンテ! トータス! そしてチャイ!

長期滞在者

中津カンテ・グランデが閉店した。2026年8月23日、54年の歴史が終った。

大阪・谷町にあった伽奈泥庵(カナディアン/2018年閉店)とともに、日本で初めてインド式のミルクで煮出した紅茶「チャイ」をメニューに載せた店である。
今では日本全国に広がり、自販機で売られるまでになった飲み物だが、これは伽奈泥庵とカンテ・グランデ両店が最初だった。

大阪における、いやおそらく日本におけるエスニックカフェの先駆けだった。当時はカフェなんていう言葉も使われず、エスニック喫茶であり、僕らは「チャイ屋」と呼んでいた。
数年前に雑誌「Meets」の「大阪スパイスカレー」特集で、伽奈泥庵とカンテ・グランデを大阪で興隆した独自のスパイスカレー文化の遠祖であると規定していた。きわめて正しい見解だと思う。

(帰ってきたカンテ茶新聞、サヨナラ号。老いたチャノムノンスキーとカシ・クワシの邂逅は涙なしに読めない)

◆

僕が中津カンテ・グランデで働いていたのは1987~1994年頃、途中9か月ほどやめていた時期がある(大阪花博でパレードのぬいぐるみの中に入って踊る仕事をしていた)けれど、やはりこの店の居心地の良さが忘れられず復帰して、結局通算6年以上、20歳から26歳くらいまでをここで過ごした。
以前、伽奈泥庵が閉店したときにも書いたが、伽奈泥庵やカンテ・グランデや、他にもあった心斎橋ガネーシュ、アメ村のモンスーン・ティールーム、大正のチャイ工房などの「チャイ屋」は、普通の珈琲店的喫茶とは文化的様相を異にする立ち位置にあり、そこで働くアルバイトたちも美術系や音楽系や服飾の学生といった、ナナメ気味の人たちで占められていた。

僕が働いていた時期は音楽系の人たちが多く、ウルフルズの(以下敬称略)トータス松本とジョンBが同じ中津店、ウルフルケイスケが支店のマルビル店で働いていた。メジャーデビュー前だが十三ファンダンゴ等のライブハウスでじわじわと観客数を増やしていた時期だ。
のちに映画『東京タワー』で日本アカデミー賞優秀音楽賞を獲る上田禎も中津店のバイト仲間だった。マルビル店の角森隆浩と組んだバンドハミングスでウルフルズより早くメジャーデビューしている。
なんだかそういう才能の渦みたいなのが当時カンテ周辺にグルグルしていたのだ。

僕は当時大学を中退して演劇活動をしていたのだけれど、所属していたミュージアム原始願望という名の劇団が突如解散してしまい、舞台にも立たない「ただのアルバイト」になってしまった。そのことに妙に劣等感を抱いてしまうほど、周囲のバイト仲間はがやがやと多彩だった。

僕は26歳でカンテをやめ、写真の仕事に就いた。あれから33年経つが、カンテで過ごした日々は忘れがたく、やめたあとも頻繁に中津カンテには通っていた。
途中で創業者井上温さんの手から経営権が他に移り、他支店含めてセントラルキッチン化し、正直なところチャイもカレーも昔とは様変わりしてしまったのだが(あろうことかメニューに「ビーフカレー」が登場したとき、インドでビーフ! そりゃインドにはヒンドゥー教徒以外の人口も2割ほどいるが! それにしても! それにしても! 「インド喫茶」たるカンテ・グランデのアイデンティティーは! と怒りが沸騰し、帰りの十三大橋を怒りに任せて自転車漕いで欄干に激突、手首を負傷し自転車も壊れた。それくらい悲しかった)、それでも場所の思い出として中津カンテは存在し続けてほしかった。僕は写真の上ではノスタルジーは忌避するが、人間的にはもしかしてけっこう郷愁的なのかもしれない。

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中津カンテ閉店の報が衝撃的に駆け巡った7月末。
カンテ・グランデといえばウルフルズ、ということで急遽トータス松本の弾き語りライブ「カンテ! トータス!」が、8月15日FM COCOLO主催のリスナー招待イベントで、中津カンテで開催されることが決まった。定員は90名のところ応募倍率31倍だったそう。そりゃそうだろう。
カンテ閉店を嘆くのは松本さんだけではない。僕だってカンテを惜しむイベントなら参加したい。志願して撮影担当で入らせてもらうことになった。
松本さんと会うのは10年ぶりだろうか。10年前にここ中津カンテで熊本地震支援のチャリティイベント「アニマート」をギャラリー・ヨルチャのイルボンさん、僕、カンテの井上温さんと企画したときに、松本さんに協力してもらったことがあるのだ。
いや、違うな。8年前にカンテのケーキを作ってきたヤスダさんがカンテを退職した時、送別会に昔からのアルバイトたちが大勢集まって、松本さんやジョンB氏も駆けつけてくれたのだった。あの時代のスタッフはやはりカンテに思い入れが強いのだ。

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8月15日当日、19時過ぎから始まった「カンテ! トータス!」。
松本さんはマイクなしで生歌熱唱。
中津カンテは住宅街の中にあるという事情からだが、これが凄かった。いやー凄かった。ほんと凄かったですよ(しつこく言う)。むしろカンテがマイクが使えない環境でよかった。アコギ弾き語りのナマ歌ですよ。ビリビリきたー! 
カメラマン特権で足元で聴けました。ごめんなさい、抽選で外れたファンの方々。
その時の写真を(許可を得てます)少しお裾分けするので許してね。

(イベント後半にはトータス松本お手製のチャイが抽選で20名にふるまわれた。)

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今回の「カンテ! トータス!」で、久しぶりに当時のスタッフたちも集まり、いろいろ話は尽きなかったのだが、話題になったのがやはり「最近のチャイ、なんか・・・(以下略)」ということだった。
松本さんも「昔は俺ら、1杯1杯かなり真剣に作ってたよなぁ。誰の淹れたのが美味いとか。茶っぱのブレンドとか砕き方とかスタッフみんなで研究してて。次はこの茶葉で作って、とかよくテストさせられたし」
松本さんは今回のライブで抽選20名、俺の作ったチャイ飲ませたるーと実演でカセットコンロでチャイを淹れていたのだが、見ていた人は「あんなに煮込むんや!」とびっくりしていたと思う。そう、昔は中津店はヒマだったからというわけではないが(笑)当時からたっぷり時間をかけて作っていたのだ。

その頃のカンテではフラワリー・ファニングス(略してFF)というコクのあるタイプのセイロン紅茶を、わざわざ電動コーヒーミルで少し砕いて使っていた。インドでは輸出品質から漏れるようなクズっぽい茶葉を使うというので、それに寄せるためだ。
他店は知らないが僕や松本さんが働いていた頃の中津店のホットチャイはどんな混雑時も作り置きなしの1杯だてである。アイスチャイは冷ましておかないと氷で薄まるので作り置きしてたけど。

カンテが使っていた茶葉FFは今手に入らないので、今チャイを作るなら、アッサム系のCTC紅茶がお薦めだ。チャイには渋みよりコクの強い品種が良い。個人的には神戸スパイスで売ってるワグ・バクリというインドの会社の安価なアッサムCTCが、最近のお気に入り。アッサムのCTCはカルディでも売ってる(* CTCとは砕いて丸めながら乾燥して味が出やすく粒状に加工した茶葉のこと。下に出てくる写真参照)。
松本さんはビオラル有機紅茶という銘柄の安いティーバッグを2つ破いて使うらしい(ティーバッグの中身もたしかにCTCだ)。各人こだわりがあるのですね。

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当時の中津店の、手間をかけたチャイの作り方を再現します。
さぁ、真剣にチャイを作ってみよう!
茶葉は変わってるけど、基本は同じ。スパイスは入れても入れなくてもお好きなように。
ジンジャー、カルダモン、クローブ、シナモン、アニスシードなど。スパイス単品でもいいし組み合わせても良し。
僕はスパイスなし、もしくはジンジャー+カルダモンの組み合わせが好きです。

最近たどり着いたのだが、チャイ用の紅茶はこれだ。インドの紅茶会社ワグ・バクリのアッサムCTC。神戸スパイスで買えます。安い!
チャイスプーン2杯ほど。たっぷり使うとチャイは美味い。(粒々と丸まってるのがCTC紅茶の特徴。良く味が出る)

茶漉しは深いタイプ推奨。百均で売ってる。煮込んだ牛乳は膜が張るので浅い茶漉しだと濾しにくいのだ。
チャイグラスにこれくらいの水。(実測したら100cc前後でした)
手鍋に水、茶葉をスプーン2杯、今回はカルダモン粒2個とジンジャー粉1振り。僕は水から煮ます。
鍋が焦げ付くのを恐れずにガンガン煮る。水量半分以下になるまで煮る。
牛乳これくらい投入。松本さんはセブンイレブンの牛乳が良いと断言してたので僕もそれに倣います(実測140ccくらいでした)。
沸騰したら噴きこぼれないよう弱火にしてさらに煮る。
「ええ色」になるまで煮出す。
湯煎しておいたグラスに茶漉しで濾して注ぐ。グラスは温めておかないと割れますよ。注意。

投入した牛乳とほぼ同じ量に出来上がったら、なんだか美味しい予感。ガラスでなくてもいいけど、やっぱりこのチャイグラスが一番それっぽくていいな。
砂糖は三温糖を推奨。僕は最近は砂糖なし派。甘くしなくても美味しい。もちろん甘くしても美味しい。
松本さんは「チャイの砂糖くらいで5キロ太るとかないわ。甘くして飲も!」と、当日の実演で鍋に砂糖も一緒に投入していた。

◆

(撮影:杉あつよさん)

「カンテ! トータス!」の8日後、8月23日で中津カンテ・グランデは閉店した。

35年くらい前、マルビル店が改装したときに僕が描いた看板が、中津店に残っていた。
当時、なぜか僕は看板描き要員で、ペンキやアクリルガッシュでいろんな看板を描いていた。アメ村店があったころ1メートルくらいある装飾板を松本さんと二人で描いたこともあった。
この看板はマルビル店がなくなったあと中津店の庭に移動し、雨ざらしになって色も褪せてしまっていたが、とうとう中津店も閉めるというので、現在の経営者に交渉して僕がもらうことになった。
創業者の井上さんを無理矢理呼び出して一緒に写真を撮ってもらった。
井上さん、こんなかっこいい店を作ってくれて感謝です。
さよーならカンテ。

カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

カマウチさんの人生の色濃い部分であるカンテのはなし。

他人の人生に憧れることはあまりないのだけど、カマウチさんは生きてこられるなかで、様々なものを愛し、それらとの日々を引き連れて今を生きているイメージが強い。
そんなふうに生きられたら、と、こういったエピソードを聞く度に思う。
ものに対して熱がある、ということがどんなに素晴らしいか。

楽しく生きることについて考えると、己の「好き」に正直に生きることは必然なのである。

それが、わかってるようでなかなか簡単にはそうならないことを、それなりには長く生きてくる中で感じるわけです。はい。

世界って、とか、人生って、とか。普段より少し大きい規模のことを考える時に、自分はそんなこだわりや情熱をなにかに持っているのか、と考えるけれど、ほぼないんですよね。そんなことは。
語るに足るものなんてなにもない。

なんでもいい。小さいことでも何でも。熱を傾けられること。
人には言えないような燻ったものでなく、真っ当なことをいつか、自分の人生の色の部分だとして話せる日が来ればいいなと思います。
今回のカマウチさんみたいに。

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