当番ノート 第53期
冒頭、長い言い訳から始めることをお許しいただきたい(誰にだろう)。そして、もしかすると言い訳のまま終わってしまうこともあるかもしれない。重ねてお許しいただきたい。 自分のことを書いたり説明したりする行為はひどく難しい。いくつかの外的要因によって「それまでの価値観・人生観」なんて一気に変わったりするわけで、いつもと変わらず生活しているにもかかわらず、唐突に、予期せぬ自分に出会い続ける人生。 ふと「あ…
当番ノート 第53期
6歳の娘がわたしの写真を撮っている。わたしが、じゃない。娘が、だ。 「自分の外側」を、いつも鏡で見ている。似顔絵にするには特徴の無いこの顔と32年間付き合ってきた。 正直言うと飽きもある。最近は加工可能なカメラアプリが主流になっていて、顔の形や瞳の色まで自由に変えられる。どうやら人々はみんな、「どれが真実の自分か」に重きをおかなくなったようだ。 だから娘が突然自宅にあるカメラを持って「これどうやっ…
鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
死にたさはとつぜん訪れる。自分が能動的に「死にたい」と望むというより、雨や落石のように、「死にたさ」という形のあるものが否応なく降ってくるような感覚だ。大人になって多少受け身をとるのがうまくなったりしたかもしれないけれど、とはいえいっぺん来てしまうともうどうしようもない。しばらくのあいだは重たい死の引力と、「でも、確か死なない方がいいらしい」という心もとない憶測とのあいだでのたうつことになる。 原…
当番ノート 第52期
日常を憂う日々だった。理由はいいエッセイを書きたいから。私には特殊な出会いもおもしろい出来事も何もないと部屋のなかで嘆いていた。腐り朽ちていくまでいくばくもなかっただろう。生来が閉鎖的で排他的なのだ。瞼をこじ開けて世界を見ないと、すぐ繭に閉じこもる。 特殊な出会いが欲しい。おもしろい出来事が欲しい。刺激的な何かが欲しい。エッセイのために。そんなことを思い続けていたが、そのどろどろした思いは少しずつ…
長期滞在者
朝目覚めて、その日を終えるまでに、今日の自分を使い切る。余力を残さず。そして眠りについて、しっかりと力を蓄え、明日を生きる。 「無理をしてはダメだけど、無茶はしてもいい。」 ラジオDJとしてまだまだ駆け出しだったころ。信頼するラジオディレクターが言ってくれた言葉を、もう一度自分に掲げたような夏だった。 2020年8月30日。毎年夏に、レギュラーラジオ番組『Voice of Heart』を担当してい…
当番ノート 第52期
とうとう最後の当番ノートとなってしまいました。毎週何を書こうかな、と考えながら、自作を振り返ることができ、とても貴重な体験をさせて頂いた2ヶ月間でした。 最後は何を書こうかなーと思ったのですが、お米にまつわる作品の中で一番笑いの取れる作品「おコメッセージ」について書こうと思います。笑っておし米(おしまい)とさせて頂きたいと思います! おコメッセージ お米にまつわる言葉遊び(主にダジャレです)をさも…
当番ノート 第52期
あの、南蛮かぶれの堺の港町。 路面電車で行くえべっさん、堺まつりと大魚夜市、ふとん太鼓に火縄銃隊の大パレード、それからザビエル公園。 町を出て10年経っていても、たとえば秋のすずしい日に火縄銃の音で目を覚まし、窓を開ければつんと火薬の匂いがする、あの祭りの朝をとても鮮明に思い出すことができる。どこの町にいても同じことで、それがことしなら、乾いた午後の風がカーテンを揺らしただけのことだった。 2…
長期滞在者
1. 別れと出会い。終わるという始まり。 一昨晩、24日夜に書き換え直した。 整理できなくなった。 記すのは落ち着いてからにする。 出会いより別れは衝撃的かつ直接的に感じやすいのが一貫している。 晒されるというか、カバーもフィルターも抜けてしまったというか。 対して、出会いは区切り目は設けない限り線を引けない。 引かないと見えにくい。 相当、シームレスであるように思える。 人の習慣に、記…
長期滞在者
今月の頭、社内で数少ない同い齢のTから「今月で会社を辞めることに決めたよ!休職の際は、色々アドバイスありがとう」と連絡が来た。 チームが違ったのに加え、もともとリモートワークが可能な会社であったために私が気付いたのはしばらく経ってからであったが、Tは年明けから出社する日数が減っていた。休みがちになっていたことを知った夜に連絡してみると、「社内にいるとドッと疲れが出てきてしまうが、それ以外の生活では…
当番ノート 第52期
誰を失っても揺らがない人間になりたいと思っていた。自分はそうなれると思っていた。でも、違った。私は、大事な人を失ったことがないだけだった。今まさに、大事な人が死に近づいていこうとしていて、私は足元が揺らぐ感覚に襲われている。 私の世界は、大事な人とそれ以外に二分される。その区分は時に残酷だ。今回は前者、大事な人の話をしよう。 その日はあと数日で訪れる。祖父母は死ぬわけではない。老人ホームに入居する…
当番ノート 第52期
これまでに私が制作した作品を大まかに分類すると、(パフォーマンスを除く) ・お米粒(粘土や陶でお米粒を作る作品)当番ノートの記事はこちら・お米文字(お米文字を用いて制作したもの)当番ノートの記事はこちら・野焼(紙をお線香の火でお米粒の形に焼いた作品) 大抵このパターンで延々制作してきている。特にここ数年は「野焼」の作品を多く制作しているので、今回はそれについて書きたいと思います。 宝来 私が紙を「…
当番ノート 第52期
見かけなくなったものに、たばこ屋がある。 よく、近所のたばこ屋へおつかいに行った。 その店は2階建ての、古い瓦屋根の家の1階を店にしていて、赤い琺瑯看板にひらがなで書かれた「たばこ」の文字と、外に面したガラスのショーケースとカウンターが目印だった。カウンターの向こうでは、その店の店主でひとり暮らしをしているという丸眼鏡のおじいちゃんが、いつもテレビとラジオと新聞へいっぺんに勤しんでいた。 彼は…