当番ノート 第49期
熱が出ると、決まって同じ夢を見る。まぶたできちんと覆い隠された暗闇の中にいろんな色の光の線が伸びていく。人より夢を見るほうだけれど、これはほかの夢とは決定的にちがうようにおもう。夢の中にわたしは存在しない。それはまるで、スクリーンセーバーのような。 その夢から目を覚まして、毛布にこすれた肌に痛みを感じた。布団にもぐってもすこし寒い。体温計で熱を測る、37度3分。いつもならふつうに過ごしているような…
長期滞在者
対角線という名の自転車に恋をした。自転車に? 自転車の名前に? それがよくわからない。 めったに実車を見る機会のない、販売台数の少ないメーカーの自転車なので、恋をしたといってもカタログやwebの写真を見ての話である。実物を見てではない。 自転車の分類としては、ランドナーと呼ばれる旅用自転車(荷物が積める・泥よけがついている・長距離移動に疲れないよう振動吸収に優れる鉄素材でできている・太めのタイヤを…
当番ノート 第49期
女子高生の皆さんに訊きたい。使い古して捨てるつもりの下着や制服を、数千円から数万円で「その手の筋の人」に売ってほしいと言われたとしよう。さて、売るか、売らないか。 絶対にイヤ、という人もいれば、自分が売ったことが誰にも知られないなら考えるという人もいるだろう。中には、写真や「オプション」なんかをつけてもっと高値で売りたい、という人もいるかもしれない。 使い古した下着を売って何が悪い? そういうのが…
長期滞在者
久しぶりに母校のキャンパスを訪れる機会がありました。その日の懇親会の会場はなんと学食だというので、それならばと思い、その後で飲食が供されるのはわかっているのですが、懐かしの青春メニューにもチャレンジしてみました。 当時とにかく安くてボリューム的にも満足できたのが290円のたまご丼。親子丼の肉なしのようなものです。それすら買えない時は、ただの白飯だけ注文し実家から通学してくる女子学生がお弁当を広げて…
長期滞在者
年に1度だけ世田谷線に乗る。毎年冬のこの時期、世田谷区の小学校で、この春卒業する小学6年生に将来の仕事について考える授業をしている。この学校に行くためのルートはいくつかあるのだが、私は必ず世田谷線に乗って行く道を選ぶ。 1989年。私は世田谷にある高校に通っていた。その高校で、私は歌とギターがとても上手な友人に出会った。私はその友人と音楽の話をする時間が大好きだった。そして、たくさんの夢を語り合っ…
Mais ou Menos
Pちゃん 今日も寒いね。もう2月も半ばになるのが信じられません。 先月はPが苦しそうにしていることが多かったけれど、ここしばらくは少しマシになってきているように見えます。安心しつつ、無理してないか、心配にもなったりして。 Pが映画を楽しんでいること、楽しむという感情が戻ってきたことがとても嬉しいです。去年なんかは、好きな映画すら観る気力もなくしていたから。でも、好きなものがあると、メンタルの調子を…
当番ノート 第49期
スカートのひだに恋心を隠しても彼女とあなたは美しかった。 朝礼前の使い古されたベランダ。ペンキが錆びた手摺り、ざらつく赤茶色 彼女が触れても崩れ落ちるのだろうか。彼女の桜のように白く優しい指先も同じように汚れるのだろうか。 彼女とあなたは美しかった 朝日の中、優しく笑うあなたがこちらを向かない。わたしは教室の入り口から動けない。 カーテンがゆっくりウエーブして、風、澄んだ空気、可愛いね、好きだよっ…
当番ノート 第49期
最近はふだん一緒にいる人のおかげで、ほんとうにいろんなところへ旅をするようになった。今まであまり一人旅をしてこなかったのは、じぶんの頭の中のうるささと対峙したくなかったからかもしれない。ほかの人のことがわからないからどうにも比較はできないけれど、毎日、起きたときから眠りに落ちる瞬間まで頭の中にはっきりとした言葉がたえず浮かんでいる。暮らしのノイズというのは「非日常を取り入れる」というテーマのために…
当番ノート 第49期
自分とそれ以外の境界線、あるいは自分というなにかの輪郭について。 *** 自分と他人のふたつが別々の存在であることは、たいへん明快な真実だ。他人は自分と別の体を持ち、自分とは別の心で思い、考えている。自分の体の調子や気持ちが自分にしかわからないように、他人の調子や気持ちもその人にしかわからない。どんなに近しい存在、生みの親や、愛する人だとしても、彼らは自分とは異なる存在である。 では、他人という表…
長期滞在者
年越しは飛行機の中だった。大晦日の成田空港は案外空いていて、ちょっと拍子抜けしてしまう。 飛行機の中で迎える新年は日付変更線との追いかけっこで、「いままさに新年になった!」という実感はない。 だから大晦日の便は人気がないのかな。 案外いいものです。2019年と2020年が隣り合う世界を行き来するのは。 あけましておめでとうございます。今年もよろしくね。 1月10日(金) 帰国。長時間のフライトで身…
それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
無地よりも柄ものが好きで、その結果、合わせにくい服ばかりがタンスに増えてしまう。ベーシックな無地の洋服は万能。ファッション雑誌には着回し、3 way、スタンダードという言葉が踊る。そういう服はあらゆる場面にも着ていけるだろう。でもあらゆる場面っていつのことで、何回くらいあって、どれくらい心踊るだろう? 好みの柄は目にした瞬間から私を喜ばせてくれる貴重な存在だ。そして、複数の色づかいが幸せを感じさせ…
当番ノート 第49期
君が跡形もなく居なくなった生活はかなしさよりも日常の坂道を転がり続けることだった。損失、そこなう、底無しの幸福のコロニーの中、朝日で部屋に浮かぶ薄い埃たちが輝いてスローモーションのスノードームのように。 幸福の象徴は波風のない日々が続くこと 愛してるって偶像の中、幾度も輪郭を確かめて、君の鼻のかたち、唇の縁取り、37度程度の体温、孕めたかなしみはありもしないもの 鬼さんこちら、手の鳴る方へ 囃し立…