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当番ノート 第56期
「序」「破」「Q」と来て、「襲来」「渚」「Air」「まごころを、君に」。そして、「シン」。最後は「世界の中心でアイを叫んだ落とし物」で終える。おめでとう。「序・破・Q」から振り返ろう。 落とし物やごみなどの地面に転がっている物には、落とし物やごみの落とし主・失くし主(そして、ポイ捨てした奴)の面影が感じられる。落とした人、失くした人の抱える寂しさが、ぼんやりと感じられるのである。私が「地面」の写真…
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当番ノート 第56期
9 凪子 ナラザキくんにフラれたその日、わたしは、久しぶりに泣いた。学校の、女子トイレの個室で、声を出さないように気をつけながら、しくしくと泣いていた。わたしはこんなに悲しいのに、溢れ出る涙は暖かくて、それが余計に悲しかった。 ◯ どうして男の人と寝るのか、わたしにはよくわからない。でも、社長たちに抱かれている間は、少しだけれど寂しさを紛らわせることができた。わたしは寂し…
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当番ノート 第56期
幼稚園の頃、運動場でよくする集団演技があった。巨大な淡いピンクの丸い布の端をぐるりと20人くらいの園児たちが持ち、それを空高く持ち上げる。風に当たってゆらゆらしてる布を宙に持ち上げながら、園児たちが音楽に合わせゆっくり円状に周っていると、急に音楽がぴたりと止まる。それを合図に、皆さっと内側にすべり込み、布の端をお尻で抑えて座る。空気をたっぷり含んでドーム状になった布の内側で、車座に座り上を見上げる…
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当番ノート 第56期
地面と命について、やりたい放題に書いた。「人間」または「自然」が、「意図的に」または「自然に」干渉することで生まれる地面の上の違和感。それこそが、私たちの追い求める物である。話が整理されて、満足。 というワケにも。「私たち」って誰だよ、と。 さて、そろそろ私の正体を明かさねば。エヴァのパロディに頭を使いすぎて追い込まれている変な人ではない。何を隠そう私は、落とし物・ごみ写真投稿コミュニティ「地面の…
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当番ノート 第56期
8 凪子の男(後編) 凪子と、将来の話をしたことがある。大した内容ではない。将来は何処に住みたいとか、どんなふうに生活したいとか、死ぬまでに一回はキャビアが食べてみたいだとか、そういう、他人からすれば本当にどうでもいいことを、俺たちは本気で話し合っていた。 「でも、将来は結婚したいな」俺は呟いた。 「うん。わたしも。いつかは」 「なあ、俺たち、結婚しないか?」 その一言を発した時、俺は胸が…
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当番ノート 第56期
昨日の夕方、小腹が減ってしまったので、冷凍していた厚切りのバームクーヘンをチンして食べた。こないだお気に入りのパン屋さんに行ったとき、何個かまとめ買いして冷凍庫で保存していたものだ。30秒くらいチンすると、表面にコーティングしてあるチョコレートが少し柔らかくなり、しっとりした生地からふわりと甘い香りが立ってくる。フォークでちょっとずつカットしてコーヒーと一緒にゆっくり味わった。 ふとバームクーヘン…
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当番ノート 第56期
「使徒、襲来」を捩り、「最後のシ者」を捩り、前回は無理矢理「Air」を捩った。エヴァをネタにして書き始めたのに、緊急事態宣言によって全国の映画館は閉館し、この「地面の命」が一人歩きし始めている。果たして、この状況下でまだエヴァを捩って遊ぶ意味があるのか。甚だ疑問である。 今回は「まごころを、君に」。遂に、捩るのを諦めた。テレビアニメ版の続編である映画のタイトルで、最終話としての位置付けである。「地…
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当番ノート 第56期
7 凪子の男(前編) 凪子について語ろうとする時、俺は、胸が苦しくなる。この苦しいという感情は、付き合えば消えるだろうと思っていた。でも、むしろ、苦しみは募ってゆくばかりだ。今の俺は、凪子を繋ぎ止めることに必死で、凪子以外のことがどうでもよく思える。これはちょっとマズい状況だ。恋愛も青春も友情も成績もそこそこ。それが本来あるべき俺の姿。今じゃ恋愛以外が全部抜け落ちてる。これはマズい状況だ。 …
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当番ノート 第56期
小さなころから、家の中にはいつもピンと緊張の糸が張っていた。今はもう亡くなってしまって居ないのだが、一緒に暮らしていた重度障害を持つ伯母が体調を崩すたび、祖母や母の顔に映る疲労の色は濃くなった。家がどれだけ大変でも、幼い私はただオロオロ見ているしかなくて、いつしか私の頑張りが足りないからこんなに家が大変なんじゃないだろうかという罪悪感に襲われるようになった。しんどそうな家族の気持ちが度々私の体に流…
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当番ノート 第56期
この「Air」は、「エアー」じゃなくて「アリア」である。さて、エヴァにちなんでタイトルを付け続けているが、今回ばかりは特に何の意味もない。何も考えずに、タイトルだけを決めてしまった。後付け、コジツケ、なんとか。アリア、すなわち「G線上のアリア」である。G、すなわち「Ground」である。「地上のアリア」である。早速、何を言っているのだろうか。 少々血迷っているが、グラウンド上のアリアなので、無理や…
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当番ノート 第56期
僕の中にあるのは、凪子の思い出なのです。 凪子はときどき、写真を撮ります。彼女は使い捨てのフィルムカメラを持っていて(要するに、それが僕なのですが)、そのカメラをいつも持ち歩いているのです。使い捨てカメラはすごいです。フィルムというだけで味が出るので、凪子のようなド素人が撮影しても、それなりに趣のある素敵な写真になってしまうのです。例えば、日陰だったり、逆光だったり、室内だったりで被写体を撮る…
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当番ノート 第56期
4月から、ベランダに沢山日が差し込むようになった。寒い間押し黙っていた植木達がぐっと伸びをして思い思いに伸び始め、柔らかい新芽がにょきにょき顔を出している。病気になってから植木を育てることが趣味になった。多肉植物、サボテン、エアープランツ、バナナの苗、ハーブ、ビカクシダ(熱帯のシダの一種で葉っぱがかっこいい)、オージープランツ(オーストラリアや南アフリカ産の植物。ドライフラワーにアレンジしやすい)…
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当番ノート 第56期
緊急事態宣言下。ゴールデンウィークらしいが、金色にしては随分とくすんでいる。仕方ないけど、外には出づらい。きっと、地面も賑わってないはず。 地面は、人の動きに合わせて変化することが多いから、こうして外出が制限されると変化が途切れる。しかし、一方で前回書いたように雨風の影響を受けて自然に変化する地面もある。人の動きが制限される状況だからこそ見える地面もある。それを見付けに散歩に出るのもまた一興である…
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当番ノート 第56期
5 凪子のブラジャー わたしは凪子の胸を締め付ける。凪子の、大きくも小さくもない胸を。そう。凪子の胸は大きくも小さくもない。エロいとか、デカいとかいうわけでもなく、言うなれば、カワイイ、という感じだろうか。凪子の胸はCカップで、真っ白で、やわらかい。総じてカワイイ。 凪子の胸を締め付けているとき、わたしは、凪子を守っている気分になる。彼女は世の中のいろいろなものから狙われていて(特に、男か…
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当番ノート 第56期
モネは、私が手をひらひらさせるといつも嬉しそうにしっぽを振り、手の下にやってくる。そのまま腰やお尻、首を撫でていると、体をくねくねさせ、猫のように私の足に体を擦り付けてくる。いい子、いい子、可愛いね、と言いながら、座り込んで背中を撫でてやると、モネは私に背中を向けて足の間に座りこみ、背中のマッサージを要求する。そのまま念入りに首から背中にかけて、皮膚を軽くつまむように撫でてあげていると、目をとろん…
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当番ノート 第56期
毎朝、起きたら「知っている天井」がある。一方で、下に広がっているのは「知らない地面」。知らない、というか、毎日変わり続ける「地面」がある。今日の地面も、明日の地面も、私たちはまだ知らない。 そんな地面に現れる、私たちの想像できる範囲を逸脱した「使徒」の存在。地面に”襲来”する「使徒」こそが今回のテーマである。 ハイ、また何を言っているのか全然分からないので丁〜寧〜に掘り下げる。いつもス…
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当番ノート 第56期
4 凪子のコンタクト 僕の見ている世界は、要するに、凪子が見ている世界だ。それ以上でも、それ以下でもない。だって僕は、凪子のコンタクトなのだから。凪子が朝、僕を目に入れて、夜、外すまで、僕はずっと、凪子の世界を見ている。 凪子は美しいけれど、彼女の見ている世界は、何もかも美しいわけではない。汚いものもたくさん見る。道端に吐き捨ててあるガムだったり、裏路地を埋め尽くすゴミだったり、そのゴミに…
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当番ノート 第56期
今日は朝から雨が降っている。私は雨の日がとても苦手だ。重くどんよりした空気が体の中に入り込み、体がだるくて仕方がない。まるで自分が、緩く絞った水の滴る雑巾になったよう。体の痛みや頭痛もいつもの3割増し。カーテンからちらりと見える灰色の空は私の気分も曇らせて、頭がいつもよりずっと働かない。今、この行まで書くのにも、何度も何度も書いたり消したりを繰り返している。 この病を患ってから、雨の日に限らず、い…
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当番ノート 第56期
「紺野純子」という昭和アイドルを知っているだろうか。 2期が始まった「ゾンビランドサガR」に登場するゾンビィアイドルである。「ここの純子ちゃんのイケボ興奮する」というスラングそのまんまに、録画した1話を何度も巻き戻し「粘っていこう Never give up again」と歌っている箇所をリプレイしているのは、地面の変態・フチダフチコである。 さて、いつも「エヴァ」だの「サガ」だの脈絡のない話から…
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当番ノート 第56期
3 凪子の口紅 どんなに急いでいる朝でも、凪子は必ず、眉と唇だけはメイクをする。すっぴんでも十分整っているのに、どうして遅刻してまでメイクするのか。アタシにはわかる。メイクが、凪子にとってどれだけ大切なことなのか。アタシにはわかる。凪子は、美しくないといけないのだ。素の自分なんて、見せてはいけないのだ。すっぴんでいたって、凪子は誰からも愛されるだろう。だから、化粧で誤魔化しているとか、そうい…
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当番ノート 第56期
モネと動物病院に行くとき、予約していた待ち時間より必ず30分ほど早く行き、わざと待ち時間を作るようにしている。普通であれば、予約した時間ちょっと前に行くだろう。しかし、その待っている時間というのも、モネにとっては大切な時間なのだ。 小さい頃からモネは慣れてない場所で緊張しやすく、動物病院につくと、口を開け舌を出し、息が粗くなってくる。私の膝の上でじっとお座りして一見落ち着いているようにみえるが、背…
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当番ノート 第56期
「地面と命」という壮大なテーマを掲げて書き始めた「当番ノート」。シン・エヴァの流行りに乗って最初は「ジメンゲリオン」というタイトルで書こうと思っていたが、カタカタ打ち込んでいる最中に「地面下痢音」と変換されてしまったので急いで中止した。 「序」に続いて、今回は「破」である。エヴァの場合、「破」は最高傑作と名高い。そんなこんなで執筆への圧力は凄い。自分で蒔いた種である。地面に蒔いた種である。 前回書…
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当番ノート 第56期
2 凪子の人形 僕が凪子と出会ったのは、凪子が四歳の時。僕はデパートのおもちゃ売り場の、ガラス棚の中で微笑んでいた。たまたま立ち寄った凪子の一家が、僕を買い取っていったのだ。当時の凪子はミディアムヘアで、黒曜石みたいにキラキラした眼を持っていた。とても綺麗な眼だった。僕は彼女に見つめられた瞬間、背筋がゾクッとしたくらいだ。 「ねぇ、ママ。私、この子がいい」 「本当にいいの?」 「うん。この子がい…
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当番ノート 第56期
今年で、線維筋痛症、慢性疲労症候群という病と共に生きて、12年ほどになる。 23歳ごろから、少しずつ体に鉛を注入されたかのごとく、怠さが増していった。家の中での移動でさえ、体を重力から剥がすように、足をよいしょ、よいしょと一生懸命動かさないといけなくなって、すぐに息が上がるようになってしまった。通学することも困難になり、日常生活もままならなくなった私は色んな病院に行って、何人ものお医者さんに相談し…
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当番ノート 第56期
実家もアパートだったし、今住んでいるのもアパートだし、そんなこんなで「アパートメント」というウェブマガジンに書くのは何やら楽しい。「マンション」とか「アパート」とか、それぞれの言葉の意味の違いを知ったのは恥ずかしながらここ最近の話で、意外とライターは言葉を知らない。住めればオッケー、住めば都、余談だが最近まで「宮古島」を「都島」だと思っていた。ライターを、というか私は、あんまり言葉を知らない。 そ…
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当番ノート 第56期
1 凪子のヘアゴム 凪子の髪は、ほんのりとシャンプーの香りがする。化学製品をたっぷり含んだバラの香り。その香りは、ひとたびかいだら誰もが虜になる。まさに、凪子そのものだ。 凪子の髪のことなら、わたしは何でも知っている。香りはもちろん、その指通りの良さや、ウットリするようなしなやかさ、琥珀色のその髪が、夕日に当たったときの、焼けつくような美しさ。わたしは何でも知っている。毎晩、しっかりと手入れを…